ワーグナーと『ニーベルンゲンの指環』
19世紀のヨーロッパ社会にその名を轟かせ、現代にも尚、強い影響を与え続ける偉大且つ多才な文化人リヒャルト・ワーグナー(1813年5月・ドイツ生~1883年2月没)。作曲家としてのみならず、優れた史家としても知られているワーグナーは、歴史研究能力に長け、豊富な知識に基づく歌劇や楽曲は、観る者、聴く者を魅了して止まない。
伝説の英雄ジークフリート(ネーデルラント王国の王子)を題材にした『ニーベルンゲンの歌』は、世界中に知られるドイツの有名な長編叙事詩ですが、普遍的価値を持つ優れた芸術作品として、現代でも様々な映画や演劇のネタに取り入れらている。リヒャルト・ワーグナーは、この壮大な叙事詩をモチ-フにして、彼自身の歴史観を交えた代表的な歌劇『ニーベルングの指環』を作品として完成させた。
『ニーベルングの指環』は、序夜から始まり第三夜に至る、およそ15時間もかけて繰り広げられる壮大な歌劇ですが、全曲公演を観劇出来る機会があるのなら「絶対に観たい!聴きたい!」という人は日本にも少なくないでしょう。(※全曲公演と言っても、一年に一夜分づつ、四年がかりの公演になるのが通常の事らしいですが)。時間ならどれだけでも作れる不肖私も、”お金さえあれば”(笑)、是非とも観劇、鑑賞したい。
歌劇『ニーベルンゲンの指環』は四部(四夜)で構成され、全曲公演の観覧は無理でも、部分公演だけでも楽しめるようになっている、らしい。 「そんなことは当たり前に知っている!」という人も多数かと思いますが、不肖私は知らなかったので書いておきます。
●序夜=「ラインの黄金」1854年作曲:上演時間2時間40分
単独初演1869年9月22日(ミュンヘン宮廷歌劇場)指揮者フランツ・ヴュルナー
●第一夜「ワルキューレ」:上演時間3時間50分
単独初演1870年6月26日(ミュンヘン宮廷歌劇場)指揮者フランツ・ヴュルナー
●第二夜「ジークフリート」:上演時間4時間
単独初演1876年8月16日(バイロイト祝祭劇場)指揮者ハンス・リヒター
●第三夜「神々の黄昏」1869年~1874年作曲:上演時間4時間30分
単独初演1876年8月17日(バイロイト祝祭劇場)指揮者ハンス・リヒター
『ニーベルンゲンの指環』は、今回怪説する『ニーベルンゲンの歌』をモチーフとしているが、内容そのものは別ものと考えた方が良い。叙事詩としての『ニーベルンゲンの歌』の内容を『ニーベルンゲンの指環』に求めて観劇すると、異なる内容に戸惑いを感じる可能性もありそう。
・・・ってな事を不肖私如きが要らぬお世話で心配する事もないですね。歌劇公演を観劇するような方々でしたら、そんな事は百も承知でしょうから。
『ニーベルンゲンの歌』を1分30秒で怪説
それでは、『ニーベルンゲンの歌』を簡潔に怪説します。(1分30秒で書けるかな?と言うか、読んで頂けるかな?)
主人公である剣豪ジークフリートは、『北欧神話』の英雄シグルズと起源を同じくしていて、シグルス同様の悲恋と悲劇で描かれるこの物語は、「王子ジークフリートが、小人の国ニーベルングを滅ぼして財宝を手に入れる」という部分から始まる。
●無双の勇者=ネーデルラント王国(オランダ)のジークフリート王子
↓恋して求婚 ↑(結果、結婚)
●絶世の美女=ブルグント王国のクリエムヒルト姫
●凡庸な王様=ブルグント王国のグンテル王=クリエムヒルトの兄
↓恋して求婚 ↑(結果、ジークフリートに騙され結婚)
●氷の世界の美女且つ剣豪=イースラント王国(アイスランド)のブリュンヒルト女王
≪二組の王族カップルの秘密≫
評判の美女=氷の女王ブリュンヒルトは、「私(ブリュンヒルト)を打ち負かせる勇者でなければ結婚相手とは認められない」と常日頃、事ある毎に公言していた。ブリュンヒルトを妻とするべく、諸外国の国王、王子、王族、貴族らが彼女を打ち負かそうとするが、尽く敗北。女王に打ち負かされた者達の末路は「死」。文字通り命懸けの求婚なのだが、誰も勝てない氷の女王に対して、ブルグント王国の国王グンテルも求婚する。ところが、グンテル王は男としても凡庸で武術には全く自信がない。しかし秘策があった。その秘策とは、自身の妹・クリエムヒルトに求婚して来た名高い剣豪ジークフリートを利用すること。
剛力無双のジークフリートですが、噂に聞いた美貌の姫クリエムヒルトを一目見て心奪われ求婚。クリエムヒルトもジークフリートを気に入り、瞬時に相思相愛となった二人ですが、グンテルは、妹(クリエムヒルト)との結婚を許す条件として「自分(グンテル)をブリュンヒルトとの対決に勝たせよ」という無理難題を押し付ける。この事に対して、秘宝”姿を隠せるマント”を身に纏ったジークフリートは、グンテルを助勢。氷の女王ブリュンヒルトは、グンテル王の不思議な力(見えないジークフリート=透明人間と化したジークフリートの助力)に屈して敗北。約束(公言)通りに結婚を承諾する。
しかし、どうしても腑に落ちないブリュンヒルトは、初夜の夜、グンテル王の力を確かめるように縛り上げ、更に叩きのめして天井から吊るすという何とも豪胆な行動を取った(S女王か?)。素っ裸にされて叩きのめされ天井から吊るされるという情けない姿を晒したグンテルは、再びジークフリートを頼る。
翌晩、グンテルに変装したジークフリートは、逆に、ブリュンヒルトを組み伏せて性愛する。一晩でグンテル(=ジークフリート)に魅了されてしまったブリュンヒルトは、その夜以降、夫(グンテル)に対して従順な妻となった(M転した?)。
これで、晴れてジークフリートはクリエムヒルト姫と結婚出来ることとなり、故郷ネーデルラントへ連れ帰る。
≪ジークフリートの死≫
数年後・・・クリエムヒルトがブルグントへ里帰り。公の場で、ブリュンヒルトとクリエムヒルトは、互いの美と夫の上下関係で口論になる。遂に我慢出来なくなったクリエムヒルトは、ジークフリートが兄(グンテル)を助勢した話や、ブリュンヒルトを手なづけた最初の相手が変装したジークフリートだった事を暴露してしまう。そして、まんまと騙された義姉(ブリュンヒルト)を嘲笑する。赤面したブリュンヒルトは自室へ駆けて泣き崩れる。
●真面目な重臣=ブルグント王国のハゲネ(ブリュンヒルトを密かに慕っている?)
↓国家の汚名を雪ぐ為にジークフリートを誅殺
●悲劇の勇者=ジークフリート
≪財宝の行方≫
ジークフリートを殺したハゲネは、ジークフリートが持っていた小人のニーベルング族の財宝を湖深く沈めて、クリエムヒルト妃の手に渡る事を阻止
現在のヨーロッパではあまり目立たないハンガリーやブルガリアですが、ヨーロッパ史に於いては極めて重要な国家。
この物語では、フン族(ハンガリー国家を建国)の伝説的英雄アッティラ王が、エッツェル王という名前で、重要な役回りで登場する。が、叙事詩でも歌劇でも、豪勇アッティラの描かれた方はちょっとコミュカルです。西欧を恐怖させた本来のアッティラ王とはまるで違います。が、西欧人は、女性に振り回されるアッティラ王を描きたかったのでしょう。このアッティラになら、帝政ローマやフランク王国が勝ってくれそうな気もする?後半に、アッティラ登場です。
≪数年後≫
●大遊牧民族の覇王=フン族のエッツェル王(=アッティラ王)
↓恋して求婚 ↑(自国=ブルグントへの復讐に利用する為に結婚)
●失意の美女=ジークフリートを殺され未亡人となったクリエムヒルト
↓誘惑して復讐の助力を求める ↑(断り、ブルグント使節団へ忠告)
●エッツエルの客将にして剣豪=ベルンのディートリッヒ(=東ゴート族の王、テオドリック)
●湖(ライン河?)に消える美少女ローレライ
↓不吉な予言(一人を残して全て死ぬ)
●使節団の智将=フン族からの招待を訝しむ、ブルグント王国の重臣ハゲネ
●復讐に燃える美女=クリエムヒルト王妃
↓誘惑して復讐の助力を求める ↑(買収に乗る・・・体にも乗る?)
●横恋慕の王子=エッツェルの弟ブレーデリン
≪エッツェルの王宮での惨劇≫
・フン族=ハンガリー王室
・各国使節団(デンマーク王室、東ゴート族、ブルグント王国他)
クリエムヒルトに買収されたブレーデリンが率いる部隊が祝宴の広間へ乱入。ブルグント使節団へ斬りかかる。更に、それを防ごうとするフン族同士の争い、千人から成るブルグント使節団やデンマーク使節団も巻き込まれ、大流血の惨劇となる。
ハゲネはエッツェルの幼い王子を斬り殺すなど鬼神となって抵抗するが、デンマーク軍や東ゴート族が加勢するフン族によってブルグント使節団は壊滅させられ、生き残ったグンテル王とハゲネは、ディートリッヒ(テオドリック)に生け捕られる。
≪地下牢の惨劇≫
地下牢に拘束されたハゲネに対して、クリエムヒルトは、財宝の在処を教える事を強要する。が、グンテル王との約束がある限り教えられないとハゲネは拒む。クリエムヒルトは、ディートリッヒから、二人に対して絶対に手出しをするなときつく約束させられていたが、財宝の在処を聞き出す為に兄であるグンテルを処刑。首を刎ね、その生首を抱えて再び地下牢へやって来る。驚いたハゲネはクリエムヒルトを蔑み、財宝の在処を伝える事を強く拒否。更に、自らが持っていた剣が、ジークフリート殺害時にジークフリートから奪ったバルムンクである事を明かす。自制できなくなったクリエムヒルトは、ジークフリートの形見の剣バルムンクを手に取りハゲネを斬殺する。その斬り殺す光景だけを目にした東ゴートの騎士ヒルデブラントは、縛られ無抵抗のハゲネに向かい、狂ったように何度も剣を振るクリエムヒルトを見て憤怒。クリエムヒルトは、ヒルデブラントに刺殺される。
多くの部下、そして愛する妻を失ったエッツェルとディートリッヒは、地下牢の惨劇を見て、そして多くの部下を失った事の悲観に暮れる・・・
というものですが、史実以上に当時の国同士の関係がよく描かれています。
ワーグナーが描いた世界も含め、ブルグント王国は、歴史上、二度三度と滅んで、甦り、そしてまた滅び、ジークフリート伝説と共に現在多くの人の心に刻まれています。東西に分裂したゴート族は、西ゴート族はイベリア半島へ。東ゴート族はフン族に従属するという歴史を刻んだ。
おちゃらけて書きましたけど、この叙事詩は、読むと面白いです。歴史としてはへし曲げていますので史実と思って読むと「ふざけるな」となりますが、あくまでも「読み物」として読むと本当に面白いし、ヨーロッパ全体に対して強い興味を持てます。登場人物も、実在した王達をそれぞれ脚色していますからちょっとした学習にもなります。
どうですか?1分30秒で読めましたか?
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