ラグビーの歴史アレコレ(10)~最終回:日本ラグビー選手歴代ベスト20~

フットボール史

各競技ラグビーの歴史アレコレ

野球にもサッカーにもバスケットボールにもバレーボールにもその他にも、人数制やフィールドの違い、ルールの違いその他で、色んな競技団体が生まれる。

例えば、日本で野球という大きな括りを細分化すると、硬式野球、準硬式野球、軟式野球となる(※ソフトボールも野球の一種と言えないこともない)。プロ野球(日本プロ野球、各地の独立リーグ)、社会人野球、学生野球、その他様々な組織があり登録選手も異なる。また、統括団体も「公益財団日本野球連盟」とか「一般財団法人全日本野球機構」とか「日本野球機構」とかその他多数存在。

今まで書いて来たように、ラグビーでも(フットボールなら書き切れないくらいに膨張する)競技は枝分かれして、統括団体も異なる。

(1)アソシエーション・フットボール(11人制=現在のサッカー)・・・1848年、ケンブリッジルールに基づくフットボールの始まり=>フットボールアソシエーション(FA)設立:1863年
(2)ラグビーユニオン(15人制ラグビー)・・・FAから脱退して1871年、南部イングランドにラグビー・フットボール・ユニオン(RFU)設立=>現在は、WR(ワールドラグビー)が統括。
セブンズ(7人制ラグビーユニオン)が公式化されたのは1883年のスコットランド/ラグビーリーグ
(3)ゲーリック・フットボール(1884年にアイルランドで公式化/15人制フットボール:ケンブリッジルール以前の初期フットボールに最も近いと云われる)=アイルランドの国技
(4)ラグビーリーグ (13人制ラグビー)・・・ RFUから脱退して 1895年、北部イングランドにNRFU設立=>現在は、RLIF(ラグビーリーグ国際連盟/本部ロンドン)が統括。
リーグセブンズ(7人制)公式化されたのは1961年のオーストラリア
(5)オーストラリアン・フットボール(18人制=通称オージーボール)1859年のメルボルンを起源とするが、リーグ戦(プロ=AFL)が公式化されたのは1897年。原形は、ラグビーリーグと考えられるが、サッカーの要素もふんだんに込められている?
(6)アメリカン・フットボール(攻守別11人制)1869年のニュージャージー州で行われたゲームが起源とされるが、何度もルール変更を行っているのでどの時点が現ルールの開始かは分からない。現在のNFLの前身APFA(American Proffessional Football Association)は1920年に始まり、1922年にNFLに改称。1クォーター20分の4クォーター制、2クォーター終了時点でハーフタイムというスタイルはオージーボールと同じ。

上述(1)、現在のサッカーを除けば、全て「ラグビー」と言える。アメ・フトも、日本に伝わって来た頃は、「アメ・ラグ」(アメリカン・ラグビー)と言っていた。いつからアメ・フトと言い出したのかはよく分からない。

ゲーリック・フットボールの選手達は「アマチュアである事こそ意義深い」(職業=本職を別に持っていることが大切)という考え方で現在もアマチュア主義に徹している。が、プロ化ありきで始まったラグビーリーグの考え方がスポーツ全体を変え、長い間プロ化に抵抗していたラグビーユニオンも、ご存知のように、トップレベルの選手達の多くがプロ契約を結んでいる。

最も激しいスポーツはオージーボールだとか、アメ・フトだとか言われているけど、やっぱり、ラグビーユニオンこそが最も激しいスポーツのような気はします。そして、「ノーサイド」の考え方がしっかり根付いているラグビーユニオンとラグビーリーグの選手達は共に最も紳士的な人達。日本ではまだまだこれからでしょうけど、特に、英国系やフランス系の国々ではラグビーはこよなく愛されている。ところで・・・

競技人口による優劣は避けられないが・・・

ドイツやスペインでは、ラグビー協会は在ってもラグビー競技が盛んとは言えない。その理由は、第二次世界大戦で枢軸国側にあったので、連合国側のイギリス(イングランド、ウェールズ、スコットランド)やフランスと体をぶつけ合う事を嫌がったとか遠慮があった為とか言われている。同じように枢軸国側だったイタリアも、今ではシックスネイションズの一つだけど、まだ発展途上段階と言える。でも、それを言ったら日本なんて最後まで連合国に抵抗して、国連の敵国条項対象国という状態のままなんだけど、ラグビーに於いては、けっして敵国扱いは受けていない。多分、単純に、ドイツやスペイン、ポルトガル、オランダ等々が、ラグビーユニオン(15人制)を好まない国民性だったって事じゃないのかな?そして、今、ラグビーリーグ側がドイツやスペインなどに強くアプローチして、13人制を流行らせようとしていると云われる。ドイツって、意外に人権とか環境に五月蠅い国なので、ラグビーやるならユニオンよりはリーグの方が似合うのかもしれない・・・って言うか、やっぱりラグビーが似合いそうにない?スペインとかも、陽気そうで結構堅いので、フルコンタクトのぶつかり合いより、せいぜいサッカーまでなんだろうね。でも、そのおかげでサッカーの競技人口は高いからその世界では超強豪国。ブラジルにも共通すること。

結局、イングランドは団体競技多過ぎて(サッカー、ラグビー=ユニオン&リーグ、クリケット、ホッケー、ポロ・・・)、日本なんてもっと多過ぎて(野球、サッカー、ラグビーユニオン、アメ・フト、バレーボール、バスケットボール、アイスホッケー・・・)、団体競技に於ける絶対王者になれない。その点、同様に色々やっているオーストラリアが、ラグビーリーグの絶対王者に君臨しているのは立派?

まァ、色んな選択肢がある方が個人個人にとっては良い事だろうけど、人気競技だと協会運営も楽だけど、弱小で不人気競技は協会運営がままならないので大変。だから、多分、日本のラグビーリーグは大変なんだろうけど、その中で、タグラグビーを普及させようとしていたり頑張っている。エライね。

さて、当タイトル10回も続けて書いたけど、これで一旦終了にします。また、優勝回数の記録のようなことを掲載したくなった時に、別タイトルで書くかもしれませんけど、兎に角、明日(10月20日)。南ア戦。勝利を信じて応援しましょう!

日本ラグビーの伝説の選手達

===(オマケ)不肖私が勝手に考えた、歴代日本ラグビー選手の勝手なベスト20===
(※現役プレーヤ-は外しています。が、もしも現役プレーヤーが入っていたら御免なさい)

プロップ・・・宮地克実(三洋電機/1941年生)プレーヤーとしては、坂田好弘らと共に、同志社大学の初期黄金期を築いたらしいけど、やっぱ、三洋電機の名物監督(「悲運の名将」)として印象深い。

プロップ・・・洞口孝治(新日鐵釜石/1953年生)45歳で亡くなられた故人ですが、釜石が強かった頃、大スターだった森や松尾と共に、凄く印象が残っている選手。

プロップ・・・永田隆憲(九州電力/1966年生)日本代表ではお世辞にも活躍出来たとは言えないが、高校(筑紫)、大学(早稲田)までは地元(福岡)では英雄視していて、九電に入った時には大歓迎。九電が再び強くなるかと凄く期待した。ただそれだけの事ですが。

フッカー・・・中島義信(近鉄/1920年生)強かった頃の九電や八幡製鐵と死闘を繰り広げた近鉄の名監督。オックスフォード大学戦での2キャップのみが日本代表歴ですが、プレーヤーとしても優秀だったということで敬意を表して選出。当然、そのプレイは知らない。故人。

フッカー・・・薫田真広(東芝/1966年生)1995年の第三回W杯の日本代表キャプテン。悲しい事に、ウェールズに10対57。アイルランドに28対50。そしてニュージーランドに17対145という記録的大惨敗を喫した。悔しかっただろうな。でも、ガッツ溢れるプレイで多くのファンを魅了して、指導者としても有能。そのうち、協会で相当上に行くんじゃないかな?

ロック・・・草津正武(=プロレスラー:グレート草津/八幡製鐵/1942年生)元日本代表。規格外の体格(190cm95㎏)と100メートル11秒2の俊足で、恐らく、当時世界有数のFW。プロレス転向さえしなければ日本人で初めて海外へ行けたかもしれない。仕事で上司とぶつかって退職してプロレスへ。まァ、プロレスでも有名な人だったけど。

ロック・・・林敏之(神戸製鋼/1960年生)世界相手に通用したFW。代表キャップ数38は最近では目立つ数でもないけど、当時としては相当なもの。それ以前の記録は、石塚武生の28。

ロック・・・大野均(東芝/1978年生)代表キャップ数98は日本歴代トップ。192cm/105kgで、且つ俊足。

フランカー・・・石塚武生(リコー/1952年生)代表キャップ数28を誇り、FWでは林敏之に破られる迄は最多だった。小柄ながら「タックルマン」と称されるガッツあふれる名手。

フランカー・・・宮本勝文(三洋電機/1966年生)代表での印象よりも、神戸製鋼との死闘で印象深い。そして、勝てなかった。「悲運の闘将」として多くのファンに愛されたプレーヤー。

ナンバーエイト・・・千田美智仁(新日鐵釜石/1958年生)ウェールズ戦で伝説のトライを挙げた。それだけでも物凄く印象深い。物凄くクレバーなFWの要。

スクラムハーフ・・・宿澤広朗(ラグビーは早稲田大学まで。卒業後は住友銀行(現・三井住友銀行)入行。専務まで出世・・・凄い)。代表キャップ数こそ3だけど、歴代最高のSHとされるので否定する理由もない。CMでも讃えられてるしね。選手としての引退は早かったけど、ラグビー愛は相当なもので日本代表監督や強化委員長などを歴任。

スタンドオフ・・・平尾誠二(神戸製鋼/1963年生)天才平尾に説明不要でしょう。

スタンドオフ・・・松尾雄治(新日鐵釜石/1954年生)平尾の前のミスターラグビー。

ウイング・・・坂田好弘(近鉄/1942年生)この人が、歴代最高のウィングだった事を誰も反論出来ない。なんせ、2007年のW杯開幕式に「伝説的選手:ラグビー・レジェンド」(=20人)の一人として招待され、8万人の大観衆の歓声を受けた日本最高のラガーマン。ニュージーランドでもプレイして、日本人でなければオールブラックス入り出来たと云われている。

ウイング・・・土屋俊明(八幡製鐵/1932年生)100メートル11秒の俊足。元日本代表。6年間日本の主将として頑張った。
ウイング・・・宮井国夫(八幡製鐵 /1932年生)100メートル10秒6の快足を誇った。元日本代表。※当時の八幡製鐵ラグビー史には、土屋と宮井の二人を含めて5~6人くらいはそのまま日本を代表する選手達だったと書いてあった。実際の二人のプレイは知らないけど、二人セットで。

ウイング・・・小野澤宏時(サントリー~キャノン/1978年生)代表キャップ数81、テストマッチトライ数55。日本を代表するウイングの一人で間違いない。

センター・・・森重隆(新日鐵釜石/1951年生)現ラグビー協会会長。坂田さんの現役時代をあまり知らない自分にとっては、最高のバックス。

センター・・・元木由記雄(神戸製鋼/1971年生)代表キャップ数79、W杯4大会出場の鉄人CTB。この人も、ミスターラグビーの称号を持つ。何と言っても、バーバリアンズに選ばれた日本を代表するスタープレイヤー。

フルバック・・・大畑大介(神戸製鋼/1975年生)テストマッチ年間トライ数17ってのは、やっぱ無視出来ない。テストマッチ通算でも69トライ。凄い。

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