キクユ族の英雄ケニヤッタと人類学の偉人リーキー

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左から ケニヤッタ初代大統領:ケニア国旗;ルイス・リーキー     

ジョモ・ケニヤッタと言えば、1963年に独立したケニア共和国の初代首相であり、1年後の1964年にケニアが大統領制に移行するとそのまま初代大統領に就任した人として有名です。

「ジョモ・ケニヤッタ」とは、独立運動を開始した際に”ケニアの光“を意味して改称した名前であり、出生時の本名はカマウ・ウェ・ンゲンギと言い、ケニア最大の民族(※最大と言っても、国民人口に占める率は20%超程度ですが)キクユ族出身者です。第二代大統領ダニエル・トロイティッチ・アラップ・モイ、第三代大統領ムワイ・エミリオ・スタンリー・キバキ、そして現在の第四代大統領で初代ケニヤッタの息子であるウフル・ミガイ・ケニヤッタと、全ての大統領の出自がキクユ族であることから、露骨なキクユ族優遇政策が目立ち、2007年から2008年にかけては激しい内乱状態(ケニア危機)も招いてしまう。また、他部族からの敵視のみならず、キクユ族同士での争いも絶えなかったのが近年に於けるケニアの実情です。

ところで、ジョモ・ケニヤッタは自らの出であるキクユ族の研究でも知られる民俗学者。ケニヤッタの有名な語録に・・・
白人がアフリカにやってきたとき、われわれは土地を持ち、彼らは聖書を持っていた。彼らはわれわれに目を閉じて祈ることを教えた。われわれが目を開いたとき、彼らは土地を持ち、われわれは聖書しか持っていなかったというのがあります。
それはケニアのみならず、他のアフリカ諸国でも同様の事が起きたことを意味していて、同様の想いはアフリカ全土に染み渡った。時間の経過とともに薄れつつもあるが、今度は、支那が金にものを言わせてやりたい放題。でも、聖書じゃなく「お金」なので、現実を見て支那に靡くアフリカの人々もけっして少なくはない。但し、聖書や教科書の類は、読めば読むほど将来の彼らの心を救えるが、国の誇りを売って手にしたお金は、使えば使うだけ心を荒ませるかもしれない。

ケニヤッタが指した白人の「彼ら」に、「彼」が当て嵌まるのかどうかは分かりませんが、「彼」はケニアで生まれたイギリス人だった。「彼」の両親はイギリス出身で、当時のイギリス領東アフリカである現在のケニアで宣教師として生計を立てていた。聖書のキクユ語化に取り組んでいた「彼」の両親の影響も受け、幼い頃からキクユ人の中で遊び育った「彼」は、イギリス人でありながら独立後はケニア国籍を取得して、ケニアを愛し続けて、そして「アフリカに於ける人類の進化」を唱えたチャールズ・ダーウィンの説を証明した。
ケニア史に残る古人類学者であり、且つ霊長類学者、自然科学者としても多大な業績を残し、更に、新たなる有能な人材を次々に育てた。が、キクユ族(その他の部族もそうであったでしょうけど)独特の女子割礼儀式を非難してケニヤッタと真正面から口論したり、本国イギリスに逆らえずイギリスの為の諜報活動をする羽目になったり、更に、恋多き人だった。彼のファミリーは、人類学に於いてそれぞれ有名な人達となり「リーキー家」はその分野の権威となった。「彼」の名は、ルイス・シーモア・バゼット・リーキー
通称ルイス・リーキーと呼ばれる彼がロンドンで亡くなった時、彼の息子リチャード・リーキーは、「父はキクユ族であり、キクユ族として永遠の眠りにつくべきである」と強く主張して彼の遺体はケニアに移送され、今もケニアの大地に眠っている。

ルイス・リーキーは、東アフリカの化石発掘の中心人物となり、タンザニア・オルドヴァイ峡谷で(ジンジャントロプス・ボイセイ)/(ホモ・ハビリヌス)の発掘に成功するのですが、その話よりもリーキーの人生を書いた方が面白い、かもしれない。それも中途半端に今回は閉じますが、リーキーの話は別の機会があれば書いてみたいです。

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