日本史記事紹介

日本史記事紹介

世界に誇れる「書の疎開劇」~一条兼良の偉業~

(心の)教育が行き届かないと、人(ヒト)は鬼畜となり朽ち果てる。 物欲を我慢せず、目についた物は何でも奪う。金品でも女でも子どもでも・・・ 応仁の乱11年間で、その主たる戦場だった京の都では、当時の日本人の本質があからさまにされた。
日本史記事紹介

卓犖闊達(たくらくかったつ)/佐賀藩の色々

伊万里焼は唐津焼と同様の理屈で、積出港が伊万里港なので伊万里焼と呼ばれたが、その大半は、有田で焼かれた。今では、有田焼という名前の方がスタンダードですが、磁器を焼き始めた頃は全て「肥前磁器」とか「肥前佐賀磁器」と呼ばれていた。
日本史記事紹介

成る業を成らぬと捨つる人の儚さ

「勇なるかな勇なるかな、勇にあらずして何をもって行わんや」。という言葉を胸に改革にまい進した上杉鷹山。勇気がなければ何事も成せない。勇気があったからこそ、「為せば成る、為さねば成らぬ何事も、成らぬは人の為さぬなりけり」と鼓舞出来た。
2019.11.20
日本史記事紹介

新・日本古代期怪説(7)~アイヌとアズミの悲劇的再会~

「ごめんなさい」「ありがとう」「分かりました」「分かりません」そして、食事の時には「いただきます」「ごちそうさま」(※御馳走であろうとなかろうと感謝する)。難しいことは一切ない。その言葉をちゃんと言える事が一番肝心。これこそ共生の民。
2019.10.22
日本史記事紹介

新・日本古代期怪説(6)~アイヌからの卒業~

今から約1万6500年以上前、世界で最も古い土器文化=初期縄文文化が、古代日本の北海道~青森で始まっていた。言わずもがな、キルギスを発して樺太へ(千島へ)、そして北海道へ渡って来た古代日本人の祖である、アイヌ=アズミ人=初期縄文人が始めた文化だ。
2019.10.22
日本史記事紹介

新・日本古代期怪説(5)~アイヌ神話~

昔々、天地がカオスの頃、穢れの海が出来た。海には一つの島が誕生するが、コタンコロカムイが棲む島であった。その島に一柱の光が差し込み国造りの神が降臨された。次に、五色の雲が現れ、雲の中からも一柱の光が島に向けて差し込み、別の国造りの神が舞い降りられた。
2019.10.22
日本史記事紹介

新・日本古代期怪説(4)~日本列島への到達ルート~

ホモ・サピエンスは、3万5千年前辺りに日本列島へ渡って来た。定説では、朝鮮半島~対馬~北部九州という旅立ったらしいけど、それはけっして正解とは言えない。 古代日本人は、樺太や千島ルートで北海道へ到達。そして本州各地へ向かって行く。
2019.10.22
日本史記事紹介

新・日本古代期怪説(3)~アズミ人(安曇人)の旅.3~

アズミ人=縄文人は、日本列島を北から南(東から西)へ向かった!つまり、最初の日本人は、朝鮮半島~対馬経由などという話は出鱈目である。日本人は、キルギス~モンゴル~シベリアを通って、樺太や千島列島を経由して北海道へやって来た。
2019.10.22
日本史記事紹介

新・日本古代期怪説(2)~アズミ人(安曇人)の旅.2~

インド北部からバイカル湖、モンゴル、シベリアを通って日本列島を目指すルートには、日本人とそっくりな人達が暮らしている。
2019.10.22
日本史記事紹介

新・日本古代期怪説(1)~アズミ人(安曇人)の旅~

縄文人はハプログループ分類ではD1a2とされる。そして縄文人は、アイヌ語ではアトゥイカムイと呼ばれる海を司る神の子孫であり、当サイトでは、アズミ人(安曇人)と呼ぶ。 当サイトは、日本人の祖となったアズミ人の歴史を正しく綴ることを目的とする。
2019.10.22
タイトルとURLをコピーしました