個人的な恥晒し雑記・・・
2016年の初夏の頃。蜂窩織炎という一種の感染症に罹り、10日間の入院生活を余儀なくされた事が有る。退院出来たのも束の間、投薬治療も必要ないだろうと薬を止めた途端にぶり返して、結局、3ヶ月以上、抗生剤を飲み続けたわけですが・・・
抗生剤の副作用として(医者からの診断)睡眠障害、味覚障害に陥り、イライラしっ放し。それ以前の問題としてバネ指を発症していた。パソコンに向かうのも辛く、それもイライラを加速させていく。
睡眠障害との”格闘”は続き、20時頃に床に入り夜中に何度も何度も目が覚める日々を1年以上経験。多分、何らか神経バランスを乱していたのだと思うけど、味覚障害は進行し味をどんどん濃くさせて一気に肥満体質へ。気付いたら、身長マイナス90(キログラム)程になっていた!これには驚愕した。身長マイナス105(キログラム)くらいだったのに15キロも肥えた。正直、ショック(苦笑)
抗生剤治療が終わった時点で普通にご飯が美味しくなったのに、それに反して必死こいてダイエット中です。
という記事を2016年の秋に書いているのだけど・・・
目標としていた、身長マイナス110キログラムを達せないどころか、寧ろ、身長マイナス90キログラムさえ超えたりも・・・(苦笑)
身長マイナス110キログラムに早く戻さないと、不肖私の場合は両方の足の関節が義骨(人工骨)なので壊れたら作り直しの手術とかが必要なので恐怖。恐怖なのに、酒場通いは止められない。定期的に通っているかかりつけ医からは、常に、「肝臓の数値が壊れている!」と云われ、その数値改善の為に、私的にはちょっと高額な薬を処方されたり。こんなのが続いたら破算(は盛り過ぎだが)するという別の恐怖が芽生えてようやく本格的なダイエットに向かい、ようやく身長マイナス95キログラムくらいまで来たものの現在はそこら辺りが壁になっている。おまけに酷い風邪惹いてウオーキングを約10日間停止状態。リバウンドしそうで恐いけど、でも、人工関節の作り直し手術の方がもっと怖い。風邪治さねば(とか言いながら、多分、今夜はお酒・・・)。
ところで、味覚障害は消えたものの、睡眠障害と言うか、早朝(深夜?)に目覚めることが癖になっているのは治らない。単に、睡眠障害でネット検索すると「精神異常」に行き着く。その内容を読むと、あれ?不肖私は病院(精神科)へ行った方が良いのかな?なんて思わせられる。それを周囲の者に話したら、「あんたが精神科へ行かなきゃならないのなら、世の中の殆どの者は皆行かなければならない」と笑われた・・・って事も以前書いたけど、それはそのまま継続中。20時台~21時台に眠り、4時頃に起きてブログ書いたり、仕事したり。そして(風邪惹いてなければ)早朝ウォーキングへ。という時間サイクルにもう慣れてしまった。下手すれば、3時頃にだって起きれそうだから、もう少し体力あるなら、別の道(漁師修行とか)を探せそうだけど?漁師は流石に無理だろうな。根性もセンスも体力もない(苦笑) でも、何か別の道があれば挑戦したい今日この頃。
さて、蜂窩織炎から始まったとも言える今の身体の状態ですが、あんなにしつこい(治りが悪い)感染症とは思っていなかった(そもそも、入院など全く想定外だった)。しかも、肥満まで引き起こすし(って、これは自己管理問題だが)。
感染症
蜂窩織炎は、感染力は他の有名な感染症に比べれば全然強くなく、毒性も弱く、死に至る危険性などは極めて低いので(不肖私の場合は、顔全体から頭部にかけ膿み腫れ上がったので、少しやばかったのかも)隔離病棟ではなかった。けれど、これがペストやコレラやチフス、SARS、エイズ、ハンセン病など、超危険な感染症なら即隔離される。と言うか、発生した地域社会ごと世界から隔離される事だって有り得ます。
人類の歴史は、感染症との戦いの歴史だと言える。
感染症は、生物誕生とその進化過程と共存し、有史以前から今、この瞬間に至るまで、特にヒトの疾患の大きな部分を占めてきた。動物や鳥にもインフルエンザ等々が発生するが、それも含めてヒトの食生活、経済生活と感染症は隣り合わせにある。
感染症や疫病に関する記録は、バビロニアの『ギルガメシュ叙事詩』の中にも記述され、四災厄の中のひとつとされた。つまり、人類で最も早く進化した古代オリエント・メソポタミア文明に於いて、既に、感染症は脅威であると認識されており、感染症こそが、人類を公衆衛生に目覚めさせる強いきっかけとなった。
現代日本社会の三大疾病と言われる、癌、急性心筋梗塞、脳卒中は、誰にも罹る可能性がある病だが、遺伝性があっても感染はしない。健康に注意して生活を送ればある程度防げ、早期発見も可能。しかし、感染症は健康診断では防げない。
感染症は、異なる民族・部族や異なる文化との接触や交流によって、瞬く間に拡大する。現代社会は、飛行機という短時間の移動手段を持った故、その伝染スピードは過去とは比較にならない位に早まったが、反面、医療・衛生面の充実により、その拡大はある程度抑える事も出来ている。しかし、兎に角、公衆衛生意識が薄く、抗生物質なども無かった頃、多くの感染症が迫り来る死の病気として恐れられた。
公衆衛生の歴史
個人個人の公衆衛生に対する意識は薄くても、「公衆衛生」自体の起源はとても古い。
汚染水や塵芥の処理がなされないまま居住区に放置されると伝染病が発生する。ということを人は古くから社会的通念として知っていた。だから、トイレの位置が定められたり、汚い水は避けたり、ハエや蛆虫が嫌われたりした。
古代に起源をもつ宗教の多くは、伝染病との戦いの中で発生したと言って言い過ぎない。イスラム教が豚を嫌ったのは、生煮えで豚肉を食った挙句に何らかの強力な感染症が発生し、人々が大量死した事に起因するのは間違いない。日常の食物規制や飲酒・性的関係の制限を行ったのも、全ては感染症対策に相違ない。
健全な生活こそが、人間の健康を作り、社会を清浄化する。という事が意識付けされて、それを規範や教義として内包し習慣づけた結果が宗教の誕生だと考えられる。
宗教としてではなく、行政面でそれ(衛生)を意識していたローマでは、既に王政の頃から、適切な汚物の排出は都市における公衆衛生の常識として理解されていた。
14世紀のヨーロッパを恐怖支配した黒死病(ペスト)の大伝染に於いて、その死体を遠ざけておくことが感染を遠ざけると信じられたが、これは、結核や水痘(=疱疹)がこの頃には認識されていたことの裏返しかもしれません。けど、ペスト自体は飛沫感染やネズミなどによる媒体感染なので死体を遠ざけても一定の効果はあっても完全な防止にはならない。が、距離を置く事は感染予防の有効策である事は今でも変わらないから、現代でも、強力な感染症(例えばエボラ出血熱なども)に対しては先ず隔離政策が執られます。
科学的な疫学を最初に提唱した人はジョン・スノウ。
1854年に、ロンドンでコレラが大流行しますが、ジョン・スノウは、公衆の井戸水が原因であるとして、当時主流であった瘴気説に対抗して細菌説を説いた。細菌に対する公衆予防の生みの親は、ジョン・スノウと言える。
公衆衛生が大切な事を知っている人は多い筈だが、自ら積極的に清掃等に参加したりする人は少ない。不肖私は、学校や職場の掃除を嫌がる人間を信用しません。そういう人達に限って、自分の部屋は小奇麗に片付けているとか言うが信用しない。学校や職場の掃除がどうして必要か?衛生意識が足りていない者には何をどう言っても無駄なのでイチイチ諭すこともしませんが、本当に、自分の机さえ拭かない者が多過ぎる。そういう人達は、町のあちらこちらに落書きされている事にも無頓着に決まっている。
落書きを許すべからず!の理由
落書きを軽視するとろくな事にはならない。町全体が暗くなり、暗くなった町は必ず衛生面が悪くなり、ろくでもない疫病に冒されて死の町になる。という歴史を人類は繰り返している。そういう歴史は誰もが簡単に知ることが出来るのに、自分には関係のない事だと考える人があまりにも多過ぎる。公衆衛生こそが町づくりの基本中の基本です。それを強く言えない政治家もつまらないし信用出来ない。兎に角、落書きは禁止するし、重罰を与えて然るべき。
自分には関係ないと軽く見ている人達は大勢いるが、落書き一つ許さない事から始めないと、本当の町の防衛など出来やしない。戦争ばかりが防衛論ではなく、本当の安全は、衛生面の保障から生まれる。だから、自分の職場や自分の家庭の掃除が出来ない人達は、公衆衛生を理解出来ないという意味に於いて反社会的な人間だと思う。不衛生な事を見過ごす事は許されない。必ず痛い目に遇います。
蜂窩織炎を甘く見ていた不肖私の反省を込めて、公衆衛生に対する怪説でした。
コメント