自然災害

雑記色々

有りのままに自然と共生することは難しい。

大地震、巨大台風、火山大噴火・・・それらに実際に遭遇した人達を報道で見るに付け、その都度、「(今回は)自分がたまたま免れただけで、いつかは我が身にも起きること」と”上辺だけ”は思う。けれども、「(出来れば)そのような自然災害には遇わずに一生を終えたい」と、何とか自分の生活環境周辺だけには、有りのままの自然=無感情で無慈悲な自然現象が起きないことを望む。

尤も、いつかは必ず起こるスーパーブルーム(参照記事)、地磁気の逆転(参照記事)、そして巨大隕石衝突など、人類存亡に関わるような事から逃れる術などはない。そんなものが起きれば諦める以外に何も出来ないが、出来る限り地盤の固い場所、出来る限り水害に強そうな場所、出来る限り火山に遠い場所・・・などを住処にしようと思うのが通常の人間の感情であり、私もごく普通の”通常人間”なのである。

福岡には火山はないので、突然”新火山”が出現するような事態にならない限り、火砕流や噴火後の土石流などの心配は不要。雲仙や阿蘇などが巨大噴火してその噴煙が福岡の空を覆うような事態になったなら、町自体に住めないので対策を考えるのも馬鹿らしい。

巨大竜巻は何処にも起こり得る。巨大台風の風対策と同じ。こんなものも逃れようがないけど、出来るだけ窓は頑丈にしておく。そして、窓の傍に近付かない。その程度。

巨大地震からも逃れられない。けれど、ハザードマップで、地盤の強弱は分かっている。分かっているのに、最も地盤が緩い博多区を頑として出たがらない親を説得するのも煩わしい。自分だけなら東区や西区へ引っ越せるのに・・・と思いつつ、まァ、博多区の便利な暮らしに慣れているので、取り敢えず区内で、揺れても助かりそうな頑丈なマンション探すしかない。

そして問題は河川氾濫と大停電時を見越した住居。ということで、那珂川や御笠川に出来るだけ遠いマンションで、低層階でも高層階でもない3階か4階。しかも、老いた親が日々の暮らし(買物や病院やその他の移動含む)に困らずに済む・・・とかって、今の場所しかないやん(苦笑)

結局のところ、住み慣れた暮らしを捨てるとか変えるのは、年齢を重ねれば重ねるほど難しくなる。なので、3~40代までには、2~30年後を見越した居住区域を確定しておいた方が良い。特に、”頑固な”親との同居を避けられない人はそうするべき。

「来年の雨季までには」ということで、真剣に転居を考えよう。老親連れて避難生活ってのも結構厳しいので、出来る限りそういう状況を事前に避ける手立てをしておかないと、いざその時が来てからでは到底間に合わない。あと、台風や豪雨は必ず過ぎ去るので、そういう警報が出そうな時には、さっさと”安全そうな”高台のホテルを予約して、1~3泊する方がマシ。

・・・と、自分のことだけ書いたけど、人間の恨み・辛み・哀しみ・絶望・・・などという感情を考慮しないのが大自然。地球の人間である以上、時には恐ろしい形相を見せる大自然の中に生きるしかないのだから、自然が起こすことは全て「仕方ない」と受け止めるしかない。実際にどうしようも出来ないことに見舞われても、後は、命あっての物種。生き延びられたその次は、「何とかなる」と立ち上がるしかない。

折角、ラグビーワールドカップが開催されているので、ラグビー観戦のスタンドを例えると、野球やサッカーと違って、ラグビー観戦のスタンドには敵味方の色分けが無いつまり、スタンドは試合前から試合後までずっとノーサイド。試合の結果が大勝するチームと大敗するチームという答えを出そうとも、両者を包み込むスタンドは一体化している。だからこそ、試合後の選手達もお互いの健闘を心地良く称え合える。

日本列島(日本国家)がラグビー観戦のスタンドだとして、大災害が試合。そして、その試合に於いて傷ついた側とそれを免れた側という二者が生まれる。が、災害で大きな傷を負った人達を永久の敗者とすることは、たまたま災害を免れた無傷の人達を永久の勝者とすることには絶対に繋がらない。傷を負った側も追わなかった側も、発生した災害が終息すればノーサイドになるべきだ。つまり、速やかに同じ立場になること。復旧、復興に対して一致団結すること。災害に遭った側も出来る限りのことをして、遇わなかった側もその数倍の出来る限りのことをする。絶対に、同じ国民を敗者のままにしておかない。それこそ、一生懸命仕事して稼いで納税して復興事業に役立てて貰うしかないし、時間的余裕と体力があればボランティアに行くのも良いだろうし、兎に角、寄付と善意を。

ラグビー(の精神)が本当に根付くかどうか、今こそ、試されている。今大会ほど、そういうことを思わされる大会はないですね。

そして、政治家!与党、幹事長の発言の迂闊さ等々、愚かで無様な発言をするな!そして「何があっても国家は国民を救う、見捨てない」とだけ言え。まったく、まだ救助・捜索活動も終わっていないし、復旧作業もまだまだ、何も手付かずの場所も多い中で「収まった」はない。何も収まってないし、まだ災害の全容も明らかになっていない、最中である。総理も、昨日の国会答弁で、現在も対応(対策)の最中と答えられた。まったく以て政治家ともあろう人達の認識違い甚だしいこと。野党も、発言の揚げ足取りに終始せずに、大型災害時にどうやったら税収上げられるかとか、時限的な”復興協力税”の検討とか、そういう提言とか策は何もないのか?やっぱ、政治家の選び方をもっと真剣に国民全体で考えないと危ない。

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